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2022/02/28  tkrv
 manga

今牛若狭









 放課後。 
 いつもなら千壽と二人で五条ボクシングジムに向かい、彼女が頑張っている姿を見学しているけれど、今日は私一人だ。

「こんにちは〜」
「おう、梓か」
「ベンケイくん、こんにちは!」

 少し重たい扉を押し、機材のメンテをしているベンケイくんに挨拶する。

「オマエ一人か?」
「千壽が遅くなるから先に行ってくれって」
「メールすりゃあいいだろ」
「千壽が連絡すると思う?」
「……確かに」

 安易に想像できるのか、ベンケイくん腕を組んでこめかみをおさえた。
 なんというか、千壽は自由奔放だから、周りの大人も振り回してしまう。でも憎めないところが千壽の生まれ持った才能だと思う。

「今ワカが裏で寝てんだよ」

 あ、と顔を上げたベンケイくんが私の方を向く。

「悪ぃけど起こしきてくれねぇか?」
「わかった!」

 敬礼ポーズをすると、私はドアノブを回した。
 少し建付けの悪いドアを押し、何度も来たことがあるバックヤードに顔を覗かせる。
 寝てると言っていたのでおそらくソファかなと目を向けると、お目当ての人物が寝息を立てていた。

「ワカくん、こんなとこで寝てたら風邪ひくよ?」

 反応は無い。仕方ないので体を滑り込ませ、ソファに近寄った。

「ワカくーん」
「ん゛〜……」
「千壽の練習始まるよ~!」

 ゆさゆさと肩をゆらすと、眉間に皺が寄った。
 しかし手を離したらまた穏やかな寝顔に戻る。

「ワカくん、寝起き悪そうって思ってたけどほんとに悪いし」

 起きないワカくんを見下ろし、ため息をつく。

「ワカく……」

 もう一度揺さぶろうと手を伸ばそうとしたが、それよりも先に腕を掴まれた。

「え」
「うるせぇ」

 一瞬のことだった。ひっぱられたと思ったらソファに転がされていた。
 寝ていたせいか少しだけ乱れた髪が頬に触れる。機嫌の悪そうな目が私を見下ろしていた。
 何が起こったかわからないままぽかんとしていると、ワカくんの目が次第に見開いた

「梓?」
「う、うん」

 相手が私を気づいたワカくんはすぐに上から退いた。

「悪ぃ、千壽かと思った」


 千壽だったらよかったの!? と思ったけれど、うまく口が回らない。
 なんだかいたたまれなくなって、もじもじとしながら、まだ寝ぼけているらしいワカくんへ起こしに来た理由を述べた。

「あ、の、千壽が補習引っかかっちゃって……でででも、もうじき来るから伝えといてって……て」

 あ、あれ? 練習のことだけ言えばよかったんじゃない?
 ふつふつと湧き出す焦燥感から、もう自分でも何を言っているかわからなくなってきた。
 逸らしていた視線をちらりと向けると、ワカくんがソファに座る私と視線が合うように背中をかがめて覗き込んでいた。

「何? 具合でも悪ぃの?」
「ひえっ」

 ネコなら全身の毛が逆立っていただろう。心臓が飛び出るかと思った。

 わかんないよ! 私が聞きたいぐらいなのに!

 急にドキドキしてきて、顔が熱くなってきて、ワカくんをまっすぐ見られない。この距離でしゃべるなんて日常茶飯事だったはずなのに、今は無意識にのけ反ってしまう。
 おでこに伸ばされた手が触れるまであと数センチ。どうしていいかわからず目をぎゅっとつむる。
 ああ、ほんと私どうしちゃったんだろう。誰でもいいからこの空気をぶっ潰してくれないかな!?
 信じてるわけでもないけれど、神様は救いを求めれば聞き届けてくれるらしい。
 勢いよく開いた扉と、聞きなれた声によってワカくんの手が止まった。

「ワカー! 遅れてゴメン!」
「せ、せ、せ、千壽〜〜〜!!!!」

 ワカくんをすり抜け、扉の前で仁王立ちをしている千壽に抱き着く。千壽の後ろに居たベンケイくんが驚いた顔をしていたが、今はそれどころじゃなかった。
 力加減を気にせずぎゅうぎゅうと抱き着く私に嫌な顔一つせず千壽が頭を撫でてくれる。

 千壽の匂い、落ちつくなぁ……。

 ぐりぐりと頭を胸にすり寄っていたけれど、ふとさっきの出来事が頭をよぎった。

「梓? なんで顔真っ赤なんだよ」
「きょ、今日は帰る! また明日!」
「え? あ、うん」

 千壽から勢いよく離れ、カバンをひっつかむ。
 振り返ることなく「バイバイ!」と言い逃げをした。

 エレベーターの前で立ち止まると、ボタンを押してうつむく。
 無機質な床を見下ろしながら瞼を閉じる。思い出すのはやっぱりさっきのワカくんだった。

 今までワカくんのこと、女の人みたいに細いのになんでボクシングジムなんてやってるんだろうと思っていた。
 けれども腕を掴まれた手は大きかったし、中学生の平均身長よりもデカい私を軽々と引き寄せられるぐらい力も強かった。
 すごい髪型だなと思っていた髪も痛んでいるのがはっきりわかるぐらい近くに顔があった。それでなくてもイケメンなのに、あの距離で見てもアラがないんだからすごい。
 それにいつも眠そうだと思っていた瞳はけだるさが逆に大人の色気? みたいなのを感じたし、一瞬だけ鋭くなった目つきは目が合うだけで息もするのを忘れた。

 チーン。

 チープな音と共にエレベーターに乗り込む。
 胸がぎゅっとして、苦しい。 顔も熱くて、なぜか涙が出てくる。
 ほんの数秒の出来事だったのに、私の中の何かを瓦解してしまった。

「……もう、ワケわかんない」

 一階を押すと私は一人、小さな箱の中でしゃがみ込んだ。


 千壽に言われるまで気づけなかった鈍感な私の、初恋の始まりである。


「ワカなんかしたン?」
「知らねぇ」
「ワカ、今のはオマエが悪い」
「は? なんで」
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