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2022/02/13  tkrv
 manga

佐野万次郎







※微妙にしぶにあげてた短編の設定引き継いでる
 エマちゃんの小2からの親友


「じゃあ、今日はここまで!」
「「「ありがとうございました!」」」

空手道場に子どもたちの声がこだまする。
みんなほぼ直角に腰を折っていて、いつの間にか随分と礼儀正しくなったな、と感心した。

「いつも悪いな」
「いいのいいの。私が好きでやってるんだし」

道場を掃除していると、おじーちゃんがお茶を持ってきてくれた。

「この道場も、近いうちに閉めることになるだろう」
「……」

そりゃそうだ。おじーちゃんだっていつまでも体が動かせると確約はできない。
この道場は、跡取りも居なくなってしまったから。

ほほ笑んでいてもどこか寂し気なおじーちゃんに、返す言葉を見つけられなかった。




私服に着替え、エマの部屋を軽く掃除して佐野家を後にしようとした。
おじーちゃんに「後で鍵を閉めてね」と声をかけて引き戸を開ける。

「あ」

玄関を一歩出ると、思いもよらない人が立っていた。
もう数か月、この家で見かけなかった、家主の一人。

「まんじろーくん……」

ゆらりと動いた影が、私に詰め寄る。

「なんで居んの」

感情の読み取れない、淡々とした声が追い込んでいく。

まんじろーくんと会うのは、エマの葬儀の翌日以来だった。
それから数か月は、言われた通り佐野家から足は遠のいていた。
たまたままんじろーくんが家に帰ってきていない話をお母さんが聞いて、様子を見てきてほしいと言われたのをきっかけに、再び佐野家に顔を出すようになっていた。

「今日はおじーちゃんのお手伝いで……」
「もうウチには近づくなって言っただろ」

約束を破った私へ、まんじろーくんは冷たい視線を向ける。ケンカをしている時に見せるそれを、生まれて初めて向けられた。

「でも!」

一歩も引かない私に苛立ったのか、無言で腕を掴まれた。

「いっぺん、痛い目見ねぇとわかんねぇの?」
「え」

聞き返すより先に、まんじろーくんが掴んだ腕を引っ張って歩きだす。
向かった先は、唯一足を運ばなかった場所。まんじろーくんの部屋だった。

「まんじろーくん」

私の声に答えることなく片手で扉を開くと、ソファに投げられる。
小さい頃から何度も居眠りをしたソファに押し倒される日が来るなんて思っても居なかった

「こんなことされると思わなかった?」
「は、離して……!」
「近づくなつったのに」

馬乗りになったまんじろーくんが顔を近づける。肩を押し返してるはずなのに、ぴくりとも動かない。これが男の子との差なんだろうか。
目をつむっていても、長い髪が頬をくすぐる。まんじろーくんは近距離でじっと私を見下ろしているのだろう。

「ま、まんじろーくんのためじゃないもん!」

ぴくりと肩が震え、まんじろーくんの動きが止まった。

「……おじーちゃんのためだもん」

瞼を開くと、目の前いっぱいに目を見開いたまんじろーくんの顔があった。
エマがいつも「マイキーはカッコつけだから」と頬を膨らませていたのを、ふいに思い出した。
いつでも着丈に振舞うまんじろーくんからは想像もできない、幼い姿にじわりと涙がにじむ。


「ねぇ、帰って来てよ」
「……」
「おじーちゃんはさ、おじちゃんもおばちゃんも、しんいちろーくんもエマも亡くしちゃったんだよ」

重力に逆らえず、目尻から涙がこぼれていく。

おじーちゃんの本音がどこにあるかなんてわからない。
けれど、間違いなくおじーちゃんは残されてしまった人なのだ。
そして、わたしも。

「もう、まんじろーくんしか居ないんだよ……」

一度流れ始めたら止まらない涙を、両手で乱暴にぬぐう。それでも涙は止まらなくて、むしろ嗚咽が出てきてひどくなる一方だ。

「道場も、近いうちに閉めるって言ってた」

泣き顔が見えないように手のひらで顔を覆う。聞こえているかもわからないぐらい小さな声だけど、私はまんじろーくんに訴えかけた。

「……私じゃ、跡取りにはなれないんだよぉ」

まんじろーくんの私室に、私の汚い嗚咽だけが響く。

おじーちゃんにとって、私は孫の幼なじみで、代わりにはなれない。
どれだけおじーちゃんを手伝ったところで、しんいちろーくんのようにはなれないし、エマのようにもなれない。もちろん、まんじろーくんのようにも。

しばらくして、体を縫い付けていた重みが消えた。
指のすき間からまんじろーくんを見ると、膝立ちのままうつむいていた。

「悪ぃ、出直すわ」
「まんじろ……く……」

私の腕を引くと、額にやわらかいものが当たった。それが何なのか、わからないほど子供でもない。
けれども、まんじろーくんが私にする理由がわからなくて、呆けたまま見上げることしかできなかった。

「じーちゃんのこと、頼む」

そう言って、私の前髪をかきあげるともう一度おでこに唇が落ちた。

「え」
「ごめん」

何が起きたかわからず動けない私をよそに、まんじろーくんはソファから立ち上がった。
目だけでまんじろーくんを追いかけると、扉の前でおもむろに視線が絡み合った。

「オレは、離れなきゃいけねぇんだよ」

ねぇ、どういう意味なの。
聞き返すこともできず、無常にも扉が閉まる。

凪いだように笑うまんじろーくんを、私は追いかけることができなかった。
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