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2023/09/02  kngdm

舜水樹






※かなり過去捏造してます。



「水ちゃん」


 幼い背中に、声をかける。
 嗚呼、これは夢なんだ。
 すぐに気付いたが、夢は私の意思を気にすることなく、どんどん続いていく。
 太陽が透けて輝く銀色の髪を靡かせ、少年が振り返った。


「お前なんか大嫌いだ」


 ひゅっ。
 自分の呼吸音で目が覚めた。
 浅い呼吸を繰り返しながら、見知った天井をぼんやりと見上げる。


 随分と懐かしい夢を見たものだ。
 もう十年程経つだろうか。彼は大きな背中を追いかけて雁門を去った。


「カイネちゃんも元気かなぁ……」


 十年以上会っていない幼馴染の顔も、既にぼんやりとしていた。


 宜安に嫁いで数年。雁門でなくとも李牧様の名前を聞かない日は無かった。慶舎様が亡くなったことも、いやでも耳に入っていた。


 此処は雁門ほど寒くない……と言いたいところだが、相変わらず寒さに弱い私には身に染みる。
 とはいえ、積雪も違えば、働き口も違う。此処は良くも悪くも、完全に城郭の中なのだ。


 数人の従者と共に買い出しをしていると、「わぁ!」と歓喜の声が聞こえた。
 若い従者が興味深々だったので人だかりを覗いてみると、見たことのある顔が二つ、気恥ずかしそうに立っていた。


「かかかカイネちゃん!? と李牧様!?」
「おい、李牧様をついでみたいに言うな!」


 私に気付いたカイネちゃんは大股でこちらへやって来ると、いきなりげんこつで殴って来た。


「十年ぶりの再会なのに、ひどい……」


 観衆たちは彼らと私の関係性が分からないのか、遠巻きに見ている。勿論、従者たちも目を丸くしていた。


「そうですよ、カイネ。して、貴女はどうして宜安に?」
「そ、そうだ! 詳しくは言えないが早く雁門に……」


 カイネちゃんの言葉を遮るように、私は口を開いた。


「宜安の商家にね、嫁いだの」


 困ったように笑う私を見て、二人は顔を強張らせた。


「李牧様たちが雁門を去って五年ぐらいかな? 父様が亡くなって、後ろ盾が無くなって。
 明日生きるのもぎりぎりの生活を送ってたの。そしたら偶然、商家の後妻に収まったってわけ」


 その商家がこの宜安にあるんだよね。私が言うと、二人は完全に黙り込んでしまった。
 二人が何を思っているかなんて、大体わかる。特にカイネちゃんは思っていることが顔に出るし、李牧様だって雁門で私と彼が一緒に居たことを知っている。


 青白い顔をしたカイネちゃんが、おそるおそる口を開く。


「お前、舜水樹は……」
「私を嫌いって言ったのは、水ちゃんだよ」


 まくしたてるように言えば、カイネちゃんは顔を逸らした。


「もう、水ちゃんなんて呼べないだろうけど」


 将軍なんだよね。みんなの活躍は、此処までよく聞こえているよ。
 無理矢理口角を上げて笑う私を、やっぱり二人は何も言わずに見つめていた。


「……そういえば、今日小さい時の夢を見たんだ。今思えば、カイネちゃんたちと会う予知夢だったのかな?」


 李牧様たちがやって来たと言うことは、この地は戦場になるのかもしれない。
 しばらく宜安に留まると言っていたから、籠城でもするのかもしれない。地の利を得るのは雁門でもよく見た光景だ。


 妙に胸騒ぎがする。戦争が怖いのではない。いや、怖いのは怖いが。
 彼と再会するかもしれないことが、一番怖いのだ。


「私、あそこの商家に住んでるから! いつでも声かけてね!」


 沈黙から逃れたくて不自然なぐらい急ぎ足で話を終わらせると、私は踵を返して従者たちの元へ戻った。
 背中を突き刺す視線は痛いけれど、もう、傷つきたくないのだ。
 世継ぎは前妻との間に居るから心配もいらない。後妻と言えど、私は旦那様の話し相手のようなものだ。
 とにかく、今の生活に不満が、ないのだ。


 どんな思いであの日、彼を見送ったか。
 大人たちがどれほど夷狄の血を引いていると侮蔑していたとしても、私にとっては友人だった。
 どれだけ嫌いと言われても、彼の側に居たかった。


 屋敷に帰るまでの道のりが、こんなに長いとは思わなかった。


「ただいま帰りました!」


 旦那様に微笑む私は、ちゃんと笑えているだろうか。







 数か月後、宜安に疎開を求める号令が下された。
 李牧様の側に彼の背中を見つけたが、私は振り返らずに門をくぐった。
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