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2023/09/02  kngdm

李牧
同ヒロインネタ その4




 李牧を、ひいては嘉太子派を中央から引き離したい現王一党にとっても、趙きっての将軍の死は堪えたらしい。
 まさか私がまた馬に乗り、城郭間を駆けることになるとは思わなかった。前王から邯鄲を追われ、カイネたちのおかげで命からがら逃げだせたものの、私は彼らについて行くべきなのか悩んでいた。正直私はもう前線から身を引いており、足手まといになるのは目に見えていたからだ。


 再び李牧が邯鄲から招集を受け、今度は屋敷で彼の帰りを待つつもりでいた。しかし邯鄲の情勢を鑑みて、私を一人で置いておくのは弱点を放置するようなものと指摘され、結局ついて行く羽目になった。
 私が彼の弱点かともかくとして、戦に勝ったと分かるなり人質として捕らえられることだってありえる。それこそ李牧の足手まといになりかねない。
 渋々であるが侍女たちに留守を頼み、腕の立つ従者たちを引き連れて宜安へと向かった。


 秦は宜安を攻めたが籠城することは諦め、宜安を捨てた。この時、私は城内に残っていた。
 李牧が宜安で檄を飛ばす前、大半の民衆は肥下へと疎開している。当初は私も行くつもりだったが、初めての北方の寒さで体調を崩してしまった。立ち上がるのがやっとだった私を、カイネは肥下に連れて行くべきと言ってくれていたが、己自身が首を決して縦には振らなかった。
 秦人であった私なら、もしかすると僅かながらに時間稼ぎが出来るかもしれない。李牧もそれに気付いていたのだろう。彼は私の意思を尊重してくれた。
 一時は宜安で死ぬことも覚悟したが、病に臥す私を秦軍は害と見なさなかったらしい。兵士たちのことは後から聞き、申し訳無さでいっぱいになったが、民衆は誰一人傷つけられることはなかった。
 後ろ髪を引かれている若い将軍も居たが、時間勝負と言うのも理解していたのだろう。振り返ることなく肥下に向かっていった。私自身が李牧の策のうちであることは、敵となってしまったゆえ、信殿にも絶対に言うつもりは無かった。とは言え、最後にあった日と変わらない真っ直ぐな瞳は、私も誇らしかった。


 そんなこんなで全快した私は早馬からの報せを受け、肥下城付近の戦場へと馬を走らせた。


「奥方様っ!」


 遠目で額から側頭部にかけて血を流す李牧の姿を捉え、勢いよく手綱を引きそうになった。なんとか踏みとどまり、愛馬に負担のかからないようにゆっくりと停止させる。
 趙の馬は本当に足が速い。足場の悪い山間でさえ平地同然に駆ける。おかげで李牧が意識を失う直前にたどり着くことが出来た。


「李牧!」


 馬を降り、兵士たちの合間を一心不乱に走る。無事、落馬しそうになった李牧の腕を掴むことが出来た。


「何故、此処に……」


 奥方様だ。
 誰かがそう呟くと、瞬く間にざわめきだす。周りの声など気にせず、李牧だけに聞こえるよう囁いた。
 わずかに鞍に隙間が出来たのを確認し、李牧の愛馬に跨った。


 背中に寄りかかった額の重みを感じる。いつ倒れてもおかしくなかったのだろう。
 安堵と不安でかき混ぜられた内心を表立つこたなく馬上から見下ろすと、その場で動ける趙兵たちへ命を下した。


「このまま李牧は宜安に向かう」
「お、奥方様。失礼を承知でお聞きしますが、肥下ではないのでしょうか?」


 怖気づきながらも、傷だらけの歩兵が尋ねた。彼の周囲からは不審と言わんばかりの視線も感じる。彼らは私が秦で剣を奮っていたことを知らないから仕方ない。ことが終わってから来た秦人の癖に、場を収めようとするとでも思われているのだろうか。八方から見定めるような敵意がひしひしと伝わる。
 此処で李牧の妻として、一つ威厳を見せつけるのも有りかもしれない。現役の頃に比べれば落ち着いただろうが、戦場での立ち居振る舞いを思い出し、背筋を伸ばした。


「お前たちは、この負傷した李牧を民の前に晒すつもりか?」


 冷めた目で見下ろすと尋ねた兵士だけでなく周囲の歩兵たちの肩も震える。私の圧に負けた……のではなく、民衆に動揺を持ち込むことに不安を覚えたのだろう。黙りこくった兵士たちのつむじを一瞥すると、この場に居る趙兵全員に聞こえるよう見渡した。


「邯鄲に戻る手もあるだろうが、今の李牧では体力が持つか怪しい」


 無論、李牧の傷が浅ければ彼だけでも先に邯鄲へ帰しただろう。詳細は分からずとも、馬上でふらつくとなれば見た目以上に重傷の可能性も高い。
 はっとする兵士たちをよそに、私は言葉を続ける。


「いくら戦に勝ったとは言え、この男が死んでは趙は滅びの一途を辿るのみ」


 分かるな?
 一度言葉を止めれば、戦場はしんと静まり返った。砂煙の舞う戦場は、騎馬の息遣いが至るところでよく聞こえる。
 かくいう李牧の愛馬も私の声に驚いたのか、くるくると回り始めたので手綱を軽く引き、その場に留めた。


「貴方たちも無傷と言うわけではない。まずは手当てが必要だろう。また傷の浅い者は数名、肥下から医師を呼んで来て欲しい」


 うつむく兵士の中で、顔を上げた数人が拱手した。まだ彼らには李牧と言う希望が残っているのだと実感する。
 彼らの生命力溢れる目力に安堵し、私も強く頷いた。後は見知った顔を探し出し、李牧の居ないこの場をまとめようと託すのみ。


「傅抵、馬風慈、悪いけど兵のことを頼むわよ」
「はっ」
「勿論っス」


 力強い声と共に、拱手した手から乾いた音が鳴る。これで兵士たちの撤収は安心だ。
 手綱を引き、白馬の身体を反転させる。顔だけ振り返ると、念押しで趙兵たちに声をかける。


「決して民に悟らせないこと。李牧は憎き桓騎を打ち取り、趙は秦を退けた。それ以外は他言無用だ!」


 いつの間にか顔を上げたらしい、数え切れないほどの兵士たちから意思の籠もった返答が返って来る。皆、李牧と言う男に活力を見出したのだろう。私は彼らの姿を見て、満足げに笑った。後は李牧の治療が円滑に進むよう走るのみ。


 私は白馬の首元を撫でながら、ぽつりと呟いた。


「ちょっと重いかもしれないけど、急ぐわよ」


 これから二人分の荷重に耐えながら全力で走ってもらうことになる。労いの言葉はかけるべきだろう。
 撫でる手にすり寄って来るような仕草が返って来ると、「ありがとう」と告げ、胴を蹴る。こうして私と重傷の李牧は、戦渦を後にした。


 足元に転がる屍に注視すると、どれもこれも李牧の居た場所をかばうように倒れ込んでいる。この男を守るため、彼らは文字通り盾となって刃を防いだのだろう。本当にひどい有様だ。特に、李牧にとっては。
 うつむきそうになるのを下唇を噛み締めて堪える。無我夢中になっていたせいか、今になって血の匂いが濃すぎて吐き気がしてきた。これを目の当たりにした李牧の心中も心配だが、今は彼を無事に戦場から連れ出すことに集中しよう。





 どれぐらい走っただろうか。護衛と思わしき兵士たちが並走しているのは馬風慈か傅抵の指示だろう。正直、敵襲に会う可能性もあるのでありがたい増援だった。


 なるべく揺らさないよう心掛けているが急ぐ手前どれほどの軽減かは分からない。彼らが走りながら言っていたが、どうやら頭を強打している可能性があるらしいので、本来は馬を走らせるのも正しいのか分からない。


 私の選択は、正しかったのだろうか。無心で手綱を握っているつもりだが、喋っていないと不安ばかりがどんどん積もっていく。


 ふと、背中に触れている熱が動いた。


「ちょっと、動くと落ちるわよ」


 ずっと背中にあった体温が離れると、冷たい風が吹き込んだ。振り返ることは出来ないため、横目で睨むつもりだったが、不意打ちの一言に身体が強張った。


「……もう、泣いても大丈夫ですよ」


 決して大きな声で言われた訳ではない。むしろ周りの音にかき消されそうな、小さな声だった。それでも、李牧の言葉は私の耳にしっかりと届いていた。


 どからっ、どからっ。
 蹄が地面を蹴り上げる音だけが二人の間を通り抜ける。


 李牧の言葉を理解したと同時に、ぐにゃりと視界が歪んでいく。手綱を持つ手が正しいのか分からなくなる。下半身に感じる揺れや、頬に当たる棘を刺されたような風も、何もかもが分からない。それなのに、やけに李牧の浅い呼吸だけは大きく感じる。


 ――このまま間に合わなくて、李牧が死んだらどうしよう。


 兵の前で一生懸命取り繕っていた箍が、とうとう外れてしまったのだ。


「あんたが、言うことじゃない、し……っ!」


 我慢していたはずなのに。なんでこの男はこうも簡単に私の内心に気付いてしまうのだろう。
 あの時。李牧の腕を掴むその瞬間まで。
 私の胸中は、当たり前だった生と死が隣り合わせだと言うことを思い出し、すっかり忘れていたはずの恐怖が巣食っていたのだ。


「また、泣かせてしまいましたね」
「泣かされたわけじゃっ……ないし!」


 涙が風に乗って頬を斜めに伝っていく。どうせ鼻声になっているのだから、見えていなくとも気付いているだろう。しゃくりあげながらもぽつりと呟いた。


「カイネの為に怪我したら、カイネが思いつめるなんて分かってるでしょうに」
「誰から聞いたんですか?」


 独り言のつもりで言ったのに、聞こえてしまったのか。強風で聞こえないと思っていたのに。


「さぁ?」


 李牧が気を失っている間に、周囲の兵士から怪我をした顛末は聞いていた。口をつぐむ者も居たが、無理矢理吐かせたと言うのは内緒にしておく。


 背後から喉の奥を攣ったような音が聞こえた。大方、李牧が気まずそうに顔を歪めてでもいるのだろう。カイネや雁門の仲間を一際大切に思っているのは今更だ。以前傅抵に嫉妬ぐらいすると言っていたが、今回のことでどう足掻いても彼らの間に入る隙が無いことを痛感した。


「別に責めてないわよ。雁門だけじゃなく、北方全域があんたを信頼っていうより敬愛してるのは分かったし」


 ようやく落ち着いてきた涙を指で手早く拭い、私は言葉を続ける。


「でも、カイネの気持ちも分かるもの。私だって、殿が私をかばって怪我したら自決するぐらい後悔すると思うし」


 またしても、二人の間に静寂が落ちる。
 カイネにとっての李牧と、私にとっての殿はきっと意味合いが違うだろう。しかし自分のせいで主君が怪我をしたらどう思うか。これに限っては彼女と私の気持ちがほぼ同じだと確信している。


「妬いてくれないんですか?」
「調子に乗るな」


 すかさず私が答えるも、李牧は気にすることなくいけしゃあしゃあと話し続けた。


「私は妬きましたよ。例え話だとしても、私以外の男の為に命をなげうつなんて」
「……背筋がぞっとしたからこの話終わり」


 馬上でなければ、気恥ずかしさと気まずさで悲惨な表情を晒すことになっていただろう。
 肩をすくめて低い声で言うと、背後で小さく笑う声が聞こえた。それと同時に先程よりも李牧の息が上がっているのもよく分かった。


「もう、黙って運ばれなさいよ」


 全く、無茶をしているのはどちらだ。呆れた私はため息を吐いた。


「本当は喋る余裕なんてない癖に」
「……すみません」


 軽口を言って痛みを紛らわしていたのだろうか。
 謝罪と共に腰に手が回った。もう自重を支えるのもきついのだろう。荒い息が肩口にかかるたび、否応なしに気持ちが急いていく。
 こんなところで死なせてたまるか。その思いを持っているのは彼ら趙兵だけではない。私だって同じだ。


「謝るなら怪我するなってーの」


 手綱を強く握りしめながら、私は前だけを真っ直ぐ見据えた。








……貴女はいつも、私に涙を拭わせてはくれないですね。


颯爽と駆ける背中に、私は心の中で問いかけた。
何度目の前で私のために泣いたとしても、彼女の涙を拭ったことはない。


それがとても悔しくもあり、彼女以外も優先する私への罰にも思える。


「謝るなら怪我するなってーの」


朦朧とする意識の中、最後に聞こえたのは、彼女の強がりだった。








「奥方様が馬に乗ってるの、初めて見たよ。思ってたより冷静に状況を見れる人なんだね」
「まぁ、それなりの手練れだったらしいしな」
「さっきのは確かにそんな片鱗があったね」

「あと、ああ見えて李牧様のこと、めちゃくちゃ好きだしな」
「へぇ、そうなんだ?」
「前にカイネ以外の女が李牧様に近づいたら『李牧様を殺して自分も死ぬ』って言ってたからな」
「何それ詳しく聞きたい」


「(あいつらいつの間に仲良くなったんだ……)」


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