(
2022/04/21)
DC
降谷零(前ブログから)
昔、好きだった女性と再会した。
子ども同士のままごとのような恋愛だったが、数少ない楽しかった思い出の一つとして確かに刻まれていた。
子ども同士のままごとのような恋愛だったが、数少ない楽しかった思い出の一つとして確かに刻まれていた。
夏の暑い日の事だった。
ポアロに彼女が一人で来店してきた時は確かに驚いたが、それ以上の感情は湧き上がる事も無く、客と従業員と言う一定の距離を保ち続けた。
ポアロに彼女が一人で来店してきた時は確かに驚いたが、それ以上の感情は湧き上がる事も無く、客と従業員と言う一定の距離を保ち続けた。
彼女は僕を「別人」だと信じ、僕は彼女を「初対面」だと思い込んだ。
時折、梓さんとの会話から聞き取れる内容には意中の男性の話もあった。確かデスクが近い別部署の営業マンだったか。年齢は覚えていない。特徴もどうこう言っていた気がするが、気に留めて居なかった。
月に数回程度の来店は、彼との進展や交際報告など梓さんとの世間話に花を咲かせていたようだった。全て曖昧にしか覚えていない。
月に数回程度の来店は、彼との進展や交際報告など梓さんとの世間話に花を咲かせていたようだった。全て曖昧にしか覚えていない。
つまり今の僕にとって、彼女はその程度の優先順位と言う事だ。
優先すべき事項に何一つ見誤りはなかった。
優先すべき事項に何一つ見誤りはなかった。
秋になると繁華街で彼氏であろう男と寄り添う姿を見かけるようになった。
よくベルモットを迎えに行く場所の近くに彼女の職場があるのか、夕方にあの辺りへ向かうと手を繋いで歩く二人を通り過ぎて行った。
よくベルモットを迎えに行く場所の近くに彼女の職場があるのか、夕方にあの辺りへ向かうと手を繋いで歩く二人を通り過ぎて行った。
元交際相手なんてたいそれたものでもなかったが、古くから知る知人だ。幸せそうならそれで何よりだった。
どんな顔だったかは覚えていないが、危険と隣り合わせに生きる自分より、彼女の隣が良く似合う男だった。
どんな顔だったかは覚えていないが、危険と隣り合わせに生きる自分より、彼女の隣が良く似合う男だった。
冬の寒さが本格的になると、彼女がポアロに来る回数が減っていた。
月に一度、来るか来ないかの頻度になっていた。
彼女の職場はポアロとはそれなりに距離が離れており、交通機関もどのルートを使っても乗り換えが必須だった。家はどのあたりにあるのか知らないが、以前「米花町って遠い」と言っていたのと、平日の夜にしか来店がなかった事から察すると近くに住んでいる訳では無さそうだ。
梓さんとはポアロを抜きにしても知り合いのようで、彼女は梓さんに会う為にポアロに来ていたのだろう。
梓さんはメールや電話のやり取りは頻繁にしているようで「例の彼とうまく行ってるみたいで何より」と笑顔を見せていた。
月に一度、来るか来ないかの頻度になっていた。
彼女の職場はポアロとはそれなりに距離が離れており、交通機関もどのルートを使っても乗り換えが必須だった。家はどのあたりにあるのか知らないが、以前「米花町って遠い」と言っていたのと、平日の夜にしか来店がなかった事から察すると近くに住んでいる訳では無さそうだ。
梓さんとはポアロを抜きにしても知り合いのようで、彼女は梓さんに会う為にポアロに来ていたのだろう。
梓さんはメールや電話のやり取りは頻繁にしているようで「例の彼とうまく行ってるみたいで何より」と笑顔を見せていた。
寒さがピークに達する二月が頭を見せ始めた。年明けから彼女は前と同じ頻度で来店するようになった。
彼女はたまに翳りのある笑みを浮かべていて、梓さんはその度に心配そうに見つめていた。何があったかなんてわかるが敢えて何も言わず、いつものように接していた。
彼女はたまに翳りのある笑みを浮かべていて、梓さんはその度に心配そうに見つめていた。何があったかなんてわかるが敢えて何も言わず、いつものように接していた。
客と従業員。
俺と彼女の関係性はそれ以上でもそれ以下でも無く、この関係すらも偽りのものであり、そうやってまた軽薄な縁は途切れてしまうのだろう。
バレンタインデーには梓さんと同じチョコレートを彼女から受け取ったが、他の常連客から貰ったチョコレートに紛れてしまい、どれが彼女からだったかがわからなくなった。
そう、その程度の関係。その程度の距離が良いのだ。
バレンタインデーには梓さんと同じチョコレートを彼女から受け取ったが、他の常連客から貰ったチョコレートに紛れてしまい、どれが彼女からだったかがわからなくなった。
そう、その程度の関係。その程度の距離が良いのだ。
春のはじめ。桃が咲き始めた。
先月貰ったチョコレートのお返しを探しに雑貨屋を何軒か回っていると彼女に出会った。
「安室透」として半年以上接してきたが、二人で話すのは初めてだった。
他愛ない話をしてから「またポアロで」と言って別れた。何とも呆気ないものだ。
昔のように目が合うだけでドキドキするだとか、学生時代に味わったそれはもう跡形も無かった。二人きりになっても尚何も感じなかった。
あの時確かにあった彼女への想いは、雪よりも早く既に溶けて消えていた。
先月貰ったチョコレートのお返しを探しに雑貨屋を何軒か回っていると彼女に出会った。
「安室透」として半年以上接してきたが、二人で話すのは初めてだった。
他愛ない話をしてから「またポアロで」と言って別れた。何とも呆気ないものだ。
昔のように目が合うだけでドキドキするだとか、学生時代に味わったそれはもう跡形も無かった。二人きりになっても尚何も感じなかった。
あの時確かにあった彼女への想いは、雪よりも早く既に溶けて消えていた。
三月も下旬になり、ポアロの常連客からも新学期の話題を耳にするようになった。
ポアロの客層はリーマンに続いて女子高生が多い。春休みが終わるのを惜しむ様子は、注文を伺う際によく見かけた。その中には蘭さんや園子さん達も含まれている。
ポアロの客層はリーマンに続いて女子高生が多い。春休みが終わるのを惜しむ様子は、注文を伺う際によく見かけた。その中には蘭さんや園子さん達も含まれている。
そろそろ桜のつぼみが膨らみはじめ、凍えるような風がなりを潜めた今の季節。外出も億劫では無くなった。
梓さんに店内を任せ、小麦粉など男手が必要な材料の買い出しへと向かっていた。スーパーまでの短い距離を歩いていると、何やら銀行が騒がしい。
平日の昼間、それも一般的な昼休みの時間も終わり、窓口も残り数分で閉まる時刻。不自然なほど銀行の入り口に集まっている事に疑問を持ち、寄り道を決行する。
梓さんに店内を任せ、小麦粉など男手が必要な材料の買い出しへと向かっていた。スーパーまでの短い距離を歩いていると、何やら銀行が騒がしい。
平日の昼間、それも一般的な昼休みの時間も終わり、窓口も残り数分で閉まる時刻。不自然なほど銀行の入り口に集まっている事に疑問を持ち、寄り道を決行する。
自動ドアが人感で開かない。挙句シャッターがアナウンスと共に閉まり始める。眉を顰めるより先に民間人が危険にさらされている可能性を察知してドアを無理矢理開けた。
ATMの陰にもぐりこむと、窓口の様子を伺う。手口はまるで一昔前の漫画のようだ。素人の犯行のようで、隙はいくらでもある。
しかし犯人グループのうち一人がやけに気が短いのが気掛かりだった。下手に煽ってしまうと人質に手を出しかねない様子を見せていた。
ATMの陰にもぐりこむと、窓口の様子を伺う。手口はまるで一昔前の漫画のようだ。素人の犯行のようで、隙はいくらでもある。
しかし犯人グループのうち一人がやけに気が短いのが気掛かりだった。下手に煽ってしまうと人質に手を出しかねない様子を見せていた。
最悪な事に、人質の一人が犯人を挑発してしまった。
未だに自分が窓口が見えるATMに潜んでいる事はばれていないのが幸いだが、飛び出す機会は一度しかない。
犯人がスタンガンを胸ポケットから出した。人質達の悲鳴が耳をつんざく。バチッと電流の音で一瞬にして静まり返り、店内に緊張が走る。
未だに自分が窓口が見えるATMに潜んでいる事はばれていないのが幸いだが、飛び出す機会は一度しかない。
犯人がスタンガンを胸ポケットから出した。人質達の悲鳴が耳をつんざく。バチッと電流の音で一瞬にして静まり返り、店内に緊張が走る。
一歩、また一歩と挑発した人質へと足を進める犯人を一挙一動逃す事無く凝視していると、挑発していた人質を女性が庇った。
よく見知ったその女に舌打ちをしそうになったのを堪えた。こんな時になんでお前が。
その様子に更に苛立ちを覚えたのか、犯人は速足で人質と女性の元へと歩きはじめ、今にも振りかぶりそうになった。その瞬間。
よく見知ったその女に舌打ちをしそうになったのを堪えた。こんな時になんでお前が。
その様子に更に苛立ちを覚えたのか、犯人は速足で人質と女性の元へと歩きはじめ、今にも振りかぶりそうになった。その瞬間。
背後にあるシャッターが特有の甲高い音を響かせた。
その場に居た全員が動きを止め、シャッターへと視線を向ける。もう一度けたたましく音を立てたシャッターは丸い凹みが出来ていた。
サッカーボールのようなくぼみに、こんな事をする民間人は一人しか思い浮かばなかった。
その場に居た全員が動きを止め、シャッターへと視線を向ける。もう一度けたたましく音を立てたシャッターは丸い凹みが出来ていた。
サッカーボールのようなくぼみに、こんな事をする民間人は一人しか思い浮かばなかった。
凹みが徐々に広がり今にも壊れそうなシャッターを目の前に、気が動転したのか。件の犯人がスタンガンをもう一度振りかぶった。
ボールでシャッターをこじ開けようとしている少年に苦笑を零す余裕も与えられないまま、猛進、女性に当たる寸でのところで犯人を突き飛ばした。
突き飛ばされたは頭を強打したのか倒れ込み、一拍おいてスタンガンが音を立てて落ちた。
それと同時に穴が空いたシャッターから眼鏡の少年と一組の男女が店内へと駆け込み、機動隊の準備がされる間も無く、通りかかった小学生と休暇中のFBIによって事件は解決した。
ボールでシャッターをこじ開けようとしている少年に苦笑を零す余裕も与えられないまま、猛進、女性に当たる寸でのところで犯人を突き飛ばした。
突き飛ばされたは頭を強打したのか倒れ込み、一拍おいてスタンガンが音を立てて落ちた。
それと同時に穴が空いたシャッターから眼鏡の少年と一組の男女が店内へと駆け込み、機動隊の準備がされる間も無く、通りかかった小学生と休暇中のFBIによって事件は解決した。
僕と言えば、犯人を突き飛ばし、流れのまま女性の腕を引き寄せていた。
FBIの適格な対応に、人質達から安堵の声が至る所から漏れはじめる。
そんな中、引き寄せた腕から手を離し、肩を思いきり掴むと怒声をあげた。
FBIの適格な対応に、人質達から安堵の声が至る所から漏れはじめる。
そんな中、引き寄せた腕から手を離し、肩を思いきり掴むと怒声をあげた。
「……! お前な、なんで激昂してる人間を更に煽るような行動をしたんだ! 軽率すぎるぞ!」
僕の第一声に豆鉄砲を食らった彼女へ、畳みかけるようにくどくどと説教を続けると、ぽつりと彼女が言葉を零した。
「……降谷くん?」
しまった。そう思った時には全てが遅い。
そもそも、FBIに助けられたと言う事実に恥も感じずに、目の前に居る見知った女の安否ばかりを気に掛けていた。周りが見えなくなるなんて、らしくない。
公安失格だ、しっかりしろ。降谷零。……いや、違う。
今は「安室透」だ。
そもそも、FBIに助けられたと言う事実に恥も感じずに、目の前に居る見知った女の安否ばかりを気に掛けていた。周りが見えなくなるなんて、らしくない。
公安失格だ、しっかりしろ。降谷零。……いや、違う。
今は「安室透」だ。
現状、どう見ても彼女と「安室透」の距離感では無い。自分より少し下にある彼女の視線は「安室透」を疑っていると悠々と語っている。
周囲のざわめきなんて一切聞こえない。
彼女がもう一度俺の名前を呼んだ声だけが、静かに染み渡る。
周囲のざわめきなんて一切聞こえない。
彼女がもう一度俺の名前を呼んだ声だけが、静かに染み渡る。
「降谷くん」
さっきとは異なり、確信のある声色で紡がれた。
突然、止まっていた秒針が動き始めた音がする。
不規則に動きはじめる心臓。背中に伝う汗。違うと言いたい筈なのに、声が出ない。
芽吹いた感情に気付かないフリが出来ない。
……一体、いつから余計な物を掘り起こしてしまっていたのか。
突然、止まっていた秒針が動き始めた音がする。
不規則に動きはじめる心臓。背中に伝う汗。違うと言いたい筈なのに、声が出ない。
芽吹いた感情に気付かないフリが出来ない。
……一体、いつから余計な物を掘り起こしてしまっていたのか。
僕を、俺を見つめる彼女の瞳は、春の暖かさを秘めていた。
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