昌平君(※リクエスト)
メールのお返事はブログにて
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いつもより早く軍師学校に向かうと、知らない女性が居た。
扉を開けて呆然としていると、女性はにこりと微笑んで奥へと消えていった。
「なあ、蒙毅」
「どうしたんだい? 河了貂」
だから貂で良いってば。同じことを何度言ったかわからない。
もう返すのも面倒なので、そろそろ訂正するのをやめようと思う。
昼の休憩中、軍師学校の屋上にて二人並んで俺の作った飯をかぶりついていた。
「今日もおいしいよ」と礼を述べる蒙毅に頷くと、朝の一件を思い出した。
「今日、いつもより早く登校したんだけどよぉ、女の人が居たんだ」
「女の人?」
「長い髪を一つにまとめた上品な感じの……」
「ああ、それは先生の奥方だよ」
けろりと答え、蒙毅はまた握り飯にかぶりついた。
何事もなく青い空を見上げて「今日は天気もいいし、模擬戦日和だね」と呟くと、地上で行われている兵士たちの模擬戦を見下ろした。
何事もなく青い空を見上げて「今日は天気もいいし、模擬戦日和だね」と呟くと、地上で行われている兵士たちの模擬戦を見下ろした。
「な、なんでそんな平静なんだよ!?」
「ん? もしかして河了貂はまだあの人に会ったことがなかった?」
「お、おう……。今日初めて会ったぞ」
「ああ……。奥方様、いつも授業の準備だけしてすぐに出て行っちゃうからなあ」
「ん? もしかして河了貂はまだあの人に会ったことがなかった?」
「お、おう……。今日初めて会ったぞ」
「ああ……。奥方様、いつも授業の準備だけしてすぐに出て行っちゃうからなあ」
出て行っちゃうと言うか、出て行かざるを得ないと言うか。
言葉を濁した蒙毅は、握り飯を食い終えて指についた米粒まで丁寧に一粒ずつつまんだ。
少し前までは「手を舐めるなんてはしたない」とか言っていた癖に、今ではすっかり順応している。
「午後の授業が終わったら、奥方様に会いにいこうか」
「ごちそうさま」と手を合わせた蒙毅が俺を見てにっこりと笑う。
他意のない笑顔は、逆になんだか俺を不安にさせた。
「河了貂、早く食べないと休憩終わってしまうよ」
前言撤回。
こいつは俺が「先生の奥さん」という衝撃の事実への動揺が隠せないのを楽しんでいる。
じとりと蒙毅を睨みつけ、俺は残った握り飯を口の中にかき込んだ。
授業後、様々な年齢・出自を持つ生徒たちが帰路に就く中、俺と蒙毅は書物を整えている先生の元へ足を運んだ。
「先生」
「蒙毅か、どうした」
「奥方様にお会いしたいのですが?」
「……何故だ?」
「蒙毅か、どうした」
「奥方様にお会いしたいのですが?」
「……何故だ?」
背中で手を組んで颯爽と尋ねる蒙毅と、奥方と聞いた瞬間に眉を顰めた先生。
先生でもそんな機嫌の悪そうな表情が出来るんだな……。と人間らしい一面を見て俺は少しだけ感動した。
先生でもそんな機嫌の悪そうな表情が出来るんだな……。と人間らしい一面を見て俺は少しだけ感動した。
「実は今日……」
蒙毅は口を開くと、俺が今日会った女性の話をし始めた。
先生はその話を聞きながら、顎に手を添えて何かを考え始める。
蒙毅は気にすることなく話を続けていたが、俺は先生の思案する様子に首をかしげていた。
「と、言うわけなんです」
「なるほどな」
先生は目を瞑ると、ひと呼吸置いてから息を吐き出す。
開いた瞼から覗く瞳が、俺を射抜いた。先生の切れ長の目が俺をまっすぐ捉えている。
緊張感の走るまなざしに、俺は先生が次の言葉を発するのを、息を呑んで見守った。
「いいだろう。確かに河了貂には彼女の手助けは必要になるかもしれない」
先生は持っていた竹簡を巻き終えると他の竹簡同様腕に収めて立ち上がった。
「此処でしばし待っていろ」
足早に部屋から出て行った先生の背中を見送る。一体どんな小言を言われるかと身を構えていた俺は、一気に気が抜けた。
その場でしゃがみ込んでいると、苦笑した蒙毅が屈んで視線をあわせた。
「なんか俺、殺されるかもって無駄に思ったぞ!?」
「先生、ああ見えて奥方様にべた惚れでね」
「べた……っ!? ああ、そう言うことか」
「先生、ああ見えて奥方様にべた惚れでね」
「べた……っ!? ああ、そう言うことか」
要は、蒙毅が奥さんに会いたいって言ったから少し警戒していたってことか。
――いや、それにしても。
「意外だな」
「意外だよね」
ほぼおうむ返しで答えた蒙毅は、俺の顔を覗き込んで吹き出した。
「河了貂、今すごい複雑そうな表情をしているよ」
「そ、そうか?」
まあ、複雑である。
あの冷静沈着な先生に、愛妻家な一面があったのかと。先ほどの機嫌の悪そうな表情どころではない。
先生の軍師としての側面しか知らなかった俺にとって、人間くさい一面を一気に何個も見せられたのだ。理解できる容量を超えていた。
下手に表情を強張らせていると、人の感情に敏感な先生は俺が複雑な心境を抱いていることなどすぐにわかってしまうだろう。
あの冷静沈着な先生に、愛妻家な一面があったのかと。先ほどの機嫌の悪そうな表情どころではない。
先生の軍師としての側面しか知らなかった俺にとって、人間くさい一面を一気に何個も見せられたのだ。理解できる容量を超えていた。
下手に表情を強張らせていると、人の感情に敏感な先生は俺が複雑な心境を抱いていることなどすぐにわかってしまうだろう。
俺は先生が奥さんを連れてくるまでの間、むにむにと自分の頬をこねまわしていた。
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