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2020/06/06)
twst
レオナ・キングスカラー
※ぴくしぶ再掲
※ぴくしぶ再掲
「おかえりなさいませ、レオナ様」
嫌々ではあるが仕方なく故郷へ繋がる鏡を抜けると、見知った顔が出迎えた。
しなやかに伸びる手足に、細い体躯。耳と尻尾の先だけが黒く、色素の薄さを際立たせていた。
目の前の小動物は俺を双眸に捉えることなく、ただ貼り付けた笑みを浮かべている。
しなやかに伸びる手足に、細い体躯。耳と尻尾の先だけが黒く、色素の薄さを際立たせていた。
目の前の小動物は俺を双眸に捉えることなく、ただ貼り付けた笑みを浮かべている。
「ああ」
横を通り過ぎる際に横目で女を見る。群れを成す愛想のいい動物の獣人の癖に笑顔からは全く表情は見えない。
そんな顔、昔はしなかったじゃねえか。
罵りそうになる気持ちを抑え、足早に自室へと向かった。
その小動物は顔見知りだ。一族は代々王族に仕えており、互いの幼少期の恥ずかしいエピソードをすらすらと話せる仲、だった。
今ではそんな名残、一つもねぇが。
「おじたんはー? まだ帰ってきてないの?」
毛玉の声に振り返ると、毛玉は女に抱き着いていた。下心のない、純粋に女に懐いている毛玉の頭を女が撫でる。
「レオナ様はまだのようですよ、チェカ様」
「おじたんが帰ってきたら遊んでもらえるかなー?」
「ええ、きっと。ですので、先に今日のお勉強を済ませておきましょう」
「うん!」
腰にしがみつく毛玉に慈しみを込めて撫でる女を見て、眉間に力が入る。
俺の視線に気づいたのか、女と目が合った。
一瞬、驚いた表情を見せたが、人差し指を口元に寄せて微笑んだ。
――今の間にお部屋に。
言葉にしなくてもわかる、表情豊かなあいつ。
久しぶりに見た、あいつの能面のような笑み以外の表情。
目が逸らせなくなっていた俺は、すぐには動けなかった。
いつまでも部屋に戻らない俺に、少しむっとした表情になった女が、顎で部屋を指す。
そこでやっと我に返り、匂いで気付かれないうちに踵を返して自室へ急いだ。
後ろ手で手荒く扉を閉めると、その場にずるずると座り込む。
先ほどの光景を振り払うように何度も首を左右に振るが、脳裏から消えることはない。
鮮明に残る笑みがちかちかと瞼の裏に映るたびに、まだ心臓が嵐のように暴れる。
「くそっ……」
胸元を強く握りしめ、悪態をついても心は穏やかにはならなかった。
デケェ口を開けて笑うあいつの笑った顔を最後に見たのはいつだったか。
笑顔だけじゃない。表情を押し殺した貼り付けた笑みで俺を見るようになったのは、いつからか。
あれは、初恋だったのだろう。
周囲の大人が俺を忌み嫌う中、あいつだけは俺を同じ子供として見ていた。
誰も近づこうとしない俺を、王宮内を駆け回って探し出していたのはいつでもあいつだった。
いつか、俺はあいつに直接尋ねていた。何故俺に構うのかと。
「なんで俺に構うんだ? 嫌われ者の第二王子なんて放っておけばいいだろ」
王宮の庭園で寝転んでいた俺を見つけ、あいつは懸命に授業へと連れて行こうとするが、ひ弱なあいつの腕力では俺の身体が動くことはなかった。
「幼き王に仕えたミーアキャットは近年の調査でわかったのですが、群れの落ちこぼれだったらしいですよ」
「だからなんだよ」
「つまり、幼き王は分け隔てなく能力のある人材を選び、国を治めたのです!」
あいつは腕を引っ張るのを止め、俺の隣に座って話はじめる。
「私の一族は、王のおかげで今もこうして王族の皆さまを支えることが出来ています」
空を見ていた女が、俺の方を見て笑った。それは、生まれて初めて自分に向けられた屈託のない笑みだった。
「だから、私もレオナ様をそんなしょうもない理由で放っておくことなどできません」
女は立ち上がり、尻についた草を両手で払う。しゃがみ込んで俺と視線をあわせると、また太陽のような笑みを浮かべた。
「王が先祖を見出してくれたように、私も肩書や噂だけで仕える人を選ぶことなどしません! サバンナは実力主義ですからね!」
「……チッ」
あいつの押しに負けた俺が渋々差し伸ばされた手を掴むと、女はさっきまでとは異なる、綻んだ笑みを浮かべた。
「レオナ様、手おっきいですね」と照れた笑みを見せたあいつに、俺は絆されていたのだと思う。
見上げたところで、華美に装飾されたつまらねぇ天井しか見えない。
あの日のように、青い空の下であいつと二人じゃれあうことは次第に無くなっていった。
変わっていくあいつの態度に裏切られたと言うより、これでいいのと諦めていた。
あいつが俺に何を見出していたのかわからないが、あいつが仕えるのは俺ではない。
これ以上、俺と関わることであいつが後ろ指を指されるのは御免だった。
誰よりも王の精神を受け継ごうとしていたあいつの未来が、俺のせいで道を塞がれていくのが、何よりも嫌だった。
ミーアキャット。
古い伝承では幼い王子に仕え、即位後も王の参謀として国を良く治めたと言う二匹の雑食動物の片割れ。
あいつはその血を引く、正当な王の従者だ。
幼い頃はあいつの隣は、俺の居場所のはずだった。第二王子と言うしがらみは、俺から安寧の場所すらも奪っていく。
彼女は聡明だ。
ブタイノシシの従者が武を表すのなら、ミーアキャットは知だ。
幼い王もミーアキャットの頭脳に何度も助けられたと言う。
いずれあいつも、毛玉――チェカの片腕として国に繁栄をもたらすのだろう。
その未来を、果たして俺は祝福してやれるのだろうか。
その未来を、果たして俺は祝福してやれるのだろうか。
「今日の勉強は難しかった~」と幼い声が、扉一枚で隔たれた広い廊下に響いている。
相槌を打つ女の声と、部屋に近づく二つの足音がやけに大きく聞こえていた。
「ずーっと我慢してたのに。笑っちゃった」
あーあ。
……取り繕わないと。
認めてもらえるようなミーアキャット(従者)にならないと。
私の中には、理想の従者とは程遠い感情がとぐろを巻いている。
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