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2021/09/04  enst
 game

朔間零
※ぴくしぶ再掲、前のシリーズ





「姉さんは来ちゃダメ」

 今回の合同ライブはとことん釘を刺されていた。
 特に二日目。
 せっかく零くん以外の三人の「にいさん」と夏目くんが揃うし、行きたいなぁと呟いたところ、ダメでした。
「そこまで夏目くんが言うなら……」
「……ごめんネ」
 瞼を伏せた夏目くんはとても申し訳なさそうだった。
 何か理由があるんだろう。
 そりゃあもう、めちゃくちゃ見に行きたい。だけど、そこは我慢して配信も見ないようにした。


 日曜日。
 いつもより手の込んだ料理を作りたくて四時ぐらいからキッチンに立っていた。
 ライブ見たかったなあ、なんて頭からすっかり抜けていて、上機嫌で餃子の皮をたたんでいた。
 いつもよりタネを多めにした餃子はまん丸としていて、にんにくの匂いが空腹を誘う。


―ぴこん。


 テーブルに置いていたスマホが音を立てた。
 いつもUNDEADのライブを一緒に行ってくれる、あの友人からだった。
 フライパンに蓋をし、スマホへ手を伸ばした。


 “今日のライブに零さまがシークレットで出たよ! あの五奇人が歌ったの!!”


 興奮しているのが文面からも伝わる。
 夏目くんから念押しをされていたのは、これが理由か……。
 彼女の熱量とは反対に、私は呆然と字面を眺めていた。
 その日の餃子は、奮発して肉増しにしたの、黒焦げでにおいしくなかった。






 数日後。
 夕飯を食べ終えた時間に、部屋の鍵が独りでに開いた。
 ……来てしまった。
 ソファから立ち上がって玄関を見つめていると、零くんが顔を見せた。
「おかえり、零くん」
「……ただいま」
 零くんはむずがゆいのう、と目を細める。
 合鍵を渡してからしばらく。
 自分で鍵を開けているのに「いらっしゃい」は変だよねと言う話になり、「おかえり」と言うようになった。
 やわらかい口調とは裏腹にドカッと音を立てて玄関に座りこみ、靴紐をほどいていく。座った反動で腰についていたチェーンが甲高い音をたてていた。
 今日は珍しく背中にギターケースを背負っている。
 リビングの壁にギターケースをよりかけると、零くんは私を引きよせてソファに飛び込んだ。
 零くんは疲れているとスキンシップが多くなる。
 凛月くんがぽろっとごちていた話だけど、仕事帰りにふらっとやってくる時にハグが多いのはそういうことなのかな、と自己解釈している。
「どうしたんじゃ?」
「え?」
「難しい顔をしておるぞ」
 仰向けに寝転んだ零くんが私を見上げる。
 真っ赤な目が私を射貫いた。零くんの目は宝石みたいでキレイだけど、たまに怖い。私の動揺なんて簡単に見抜いてしまう。
 零くんの背中に手を回し、私は口を開いた。
「この前、ライブ出たんでしょ?」
「ん? ああ。薫くんとゲストで出たライブのことかのう」
「そう、それ」
 抑揚のない声で私が答えると、零くんが私を抱きしめたままソファから起き上がった。
「……もしかして見ておったのか?」
 私が首を横に振ると、安堵の息を吐きだした。
 あ、夏目くんの時と同じだ。
 そう思った瞬間、少しだけ胸が痛んだ気がした。
 ……なんで、そんなに隠したがるんだろう。
 うつむいたままの私に、零くんは不思議そうに首を傾げる。
「体調が良くないのかえ?」
「ううん……」
 私の顔をのぞきこんで心配をしてくれている。
 気にかけてくれて嬉しい反面、気まずくなって視線を逸らしてしまった。
「夏目くんにね、二日目は絶対に来ちゃダメって言われたの」
 しどろもどろに話す私を、零くんは静かに見守っている。
 その優しさと隠し事に対する安堵がちぐはぐで、どんどん心がぐちゃぐちゃになってくる。
「なのにね、零くんはゲストで出たんでしょ?」
 言葉にしているうちに、ぽろりと涙がこぼれてしまった。
 そういえば、ライブ以外で零くんの前で初めて泣いてしまった気がする。
 今さらだけど、めんどくさい女だと思われちゃったかなあ。
 まさかのけもの扱いされて寂しいなんて。なんて子供っぽい嫉妬なんだろう。
 ぽろぽろとこぼれてくる涙をぬぐっていると、急に強く抱きしめられる。
「我輩、おぬしに泣かれるとどうしてよいかわからんのじゃよ……」
 背中に回った手が、後頭部を撫でる。
「逆先くんは我輩を思ってそう言ってくれたんじゃろうけど……泣かせてしまっては意味がないのう」
 後頭部をぽんぽん、と叩いてなだめられる。まるで今日は私の方が子供だ。
「五奇人と呼ばれていた頃の我輩、若気の至りじゃから恥ずかしいんじゃよ」
「……今も若いじゃん」
「今は不死者じゃから」
 吸血鬼に年を聞くものではないぞい、と冗談半分でなだめられる。少し拗ねたような声が不釣り合いで、自然と笑いがこぼれた。気づけば涙は止まっていた。
「まあ、終わっちゃったものは仕方ないよね」
 零くんの顔を見ているうちに、だんだん落ち着いてきた。
 隠したくて隠してるわけじゃないってわかっただけで、十分だ。
「見てほしい気持ちもあるんじゃが……」
「ううん。これ以上は聞かない」
 それに零くんの言葉で気付いた。五奇人とはなんだったのか。
 夏目くんがふさぎ込んでいたあの頃。今でこそ楽しかった記憶ばかり聞いていたけれど、とても辛そうだった。零くんたちも苦しかったんだろう。
 他者より少しだけ才能を持っただけの同じ人間。
 なのに、まるで化け物のように、神様のように扱われた少年たちの青春。
 知りたくないと言えば嘘になるけど、知らないからこそ、私は笑顔で夏目くんを出迎えられる。
 いつか彼らの言葉として紡がれるまでは、その物語は閉じたままでいい。
 申し訳なさそうな顔をしていた零くんを気にすることなく、私は彼専用のマグカップを取りにキッチンへと向かった。






 二日目はダメ、と言われたあのライブからひと月。
 私は友人に誘われ、急遽ライブ会場に来ていた。
 大神くん推しの友人から「制作開放席が当たったから来て!」と言われたのが二日前。
 予定も無かったし、言われるがままについて行った座席はまさかのアリーナ席。
 制作開放席とは、座席組んだ後に増やされた追加の座席らしい。
 とはいえ、見切れ席でもない。制作開放席の方が良席のことはままある。
 今回の席だってそうだ。
 私達のいる場所は、メインステージからは遠いけれど、バックステージの隅っこに付け足された最前列だった。
 そんな良席で、まさかあの佐賀美陣を生で見れる日が来るとは。
 私たちの世代にとって、佐賀美陣は青春そのもの。生で一度は見たいアイドルの一人だ。
 まあ、そういう世代のファン層も今回は多いわけで。
 今回のライブの倍率がいつもより高いのは仕方なかった。
 零くんが今回のライブに力を入れているのはなんとなく気付いていたけれど、今日はSwitchも出ないし、友人も私も落選祭りだったので行くのは諦めていた。
 配信を買おうと思っていた矢先の制作開放席。現地に行けるありがたさを感じていて、いつもより高揚していた。
「今日、なんかいつもより楽しそう」
 開演前、指にリングライト・ペンライト複数持ちでUNDEADの出演を心待ちにしている友人にも指摘されていた。
 気恥ずかしいものの、話は尽きることなく二人で客電が落ちるまで楽しくおしゃべりをしていた。


 オープニングが始まると、次々にユニットが登場していく。
 盂蘭盆会から何気に応援しているALKALOIDもだいぶパフォーマンスが安定してきて、固定のファンも増えているようだ。
 UNDEADは今日もかっこよかったと思う。
 メインステージで米粒程度にしか見えなかったけれど、いつも通り盛り上がっていた。
 隣の友人も飛び跳ねてコーレスに応えていたし、周りに居た別のユニットのファンもノリノリだった。
 今日のライブ、ほんとに今までで一番楽しんでいるかもしれない。
 自然とゆるむ口角をこらえ、暗転したメインステージを眺めていた。
 バックステージ側のライトが灯る。
 振り返れば大神くんと蓮巳くんがスモークと共に現れた。
 一瞬静まり返ったと思えば、客席のいたるところから叫び声が聞こえる。
 友人も例にもれず声にならない声をあげ、私の肩をばしばしと叩きだした。
「え、うそ」とか「でも、待って」と混乱している彼女をよそに、私は辺りを見回した。
 ざわつく客席は友人と同じように信じられないものを目の当たりにしているような、そんな様子だった。
 赤のスポットライトに照らされたスモークに、もう一人のシルエットが浮かぶ。
 今日一番の叫び声と共に、見知った彼の、見たことのないステージが始まった。






 けだるげに歌う姿。
 のけぞってお腹の底から叫ぶ姿。
 挑発的にファンを煽る姿。
 感情のままにギターをかき鳴らす姿。


 どこを切り取っても私の知っている朔間零ではない。
 赤のスポットライトが点滅するステージをただ茫然と見つめていた。

 知らない曲
 知らない衣装
 知らない髪型
 知らない仕草

 まるでパンドラの箱だと思った。見たかったはずなのに、こんなタイミングで開きたくなかった。

 ああ。
 これが、神様と言われていた頃の零くん。
 これが、人々に望まれた朔間零の姿なのか。


 客席を気にすることもなく、ただまっすぐと魂の叫びのような歌詞を歌い上げる。
 アイドルと言うよりバンドマンのようなパフォーマンスだった。
 歌い終えると、マイクをステージに叩きつける。
 黄色い声やすすり泣く声を気にも留めず、ハウリングする客席を背中に、零くん……いや朔間零はステージを降りた。
 世界の隅っこで見つめているだけの私なんて眼中にもない。
 メインステージでは中高生の頃によく聞いていた佐賀美陣の曲のイントロが流れ始めた。
 あんなに楽しみにしていたはずなのに。
 私はうつむいたまま、電源の切れたペンライトを握りしめていた。






「デッドマンズ、どうだった?」
 何気ない、帰り道の会話だった。
 大神くん推しの友人はUNDEAD結成前からのファンだった。
 まだ原石だった大神くんを初めて見たのがデッドマンズのライブだったと言う。
 彼女にとって、あの曲、あのユニットは思い入れのある大切なもの。
 興奮が冷めないのは仕方ない。
「朔間零、かっこよかったでしょ?」
 かっこよかった。それはそうだ。
 人々が望んだ朔間零とあって、とても似合っていた。
「……うん、そうだね」
 覇気のない私を気にすることなく友人は昔の話を語る。
 大神くんの話を聞いてあげたいんだけど、今の私には余裕がなかった。
 家でもたまに『俺』に戻ることはあるけれど、あんなにとげとげしくない。
 零くんは甘えただけど、静かな人だった。こんな感情をむき出しにして歌うなんて想像もつかない。
 なんで夏目くんがあの零くんを遠ざけたのかわかった。
 脳裏に焼き付いた鮮烈な姿に、眉をしかめる。
 零くんの知らないところで、私は彼の過去に触れてしまった。


 ……もう、彼の傍に居られないかもしれない。






「零くん、今日逆先くんのお姉さん来てるんだね」
「えっ」
「え!?」

「み、見かけたのかえ?」
「バックステージ側の最前端っこ。いつも一緒に居る晃牙くんのファンの子と居たよ」
「今日のチケットは取れなかったって聞いてたんじゃが……」
「そうなの?」
「うむ……」

「零くん?」
「バクステ側か……」
「? 先行くよ」
「すぐ追いつくぞい」


「あ~……やべえ」







 デッドマンズを見たあの日から随分間があいた。
 相変わらず私たちは連絡無精なのでスマホでの連絡はない。
 零くんはfineの天祥院くんと同じ部屋らしく、部屋でもリラックスできないようなことを言っていた。
 そもそも零くんの休みは不定期だし、共同生活は大変だろう。夏目くんも同室の月永くんが夜中に突然作曲を始めたりすると困っていた。


 ライブのことも頭の隅に移動しかけていたある日。
 かちゃりと鍵が回る音がした。
 いつもなら心がはずむその音も、今日は口もとがひきつった。
 いつまでも顔をあわせないとはいかないのはわかっている。
 とは言え、まだ心の整理がついていない。
 ……勝手に私が気まずくなっているだけなんだけど。
「おかえりは、言ってもらえんのかのう」
 ぼんやりとしているうちに、零くんはリビングに入っていた。
「ご、ごめんね。ぼーっとしてた」
 キッチンにマグカップを取りに行こうとしたが、零くんの手に掴まれて遮られた。
 捕まれた腕から視線を離せずにいると、ゆっくりとが口を開かれる。
「やっぱり、この前のライブが原因かのう」
 零くんの言葉に、私は勢いよく顔をあげた。
「え、知ってたの……?」
「薫くんが目ざとく見つけていたんじゃ。アンコールで我輩も自分の目でおぬしを見つけておったよ」
 私が視線をさ迷わせていると、零くんが困ったように笑う。
「恥ずかしいところを、見せてしまったのう」
 そんな顔をさせたいわけじゃない。
 とっさに腕を振りほどき、半歩近づくと、零くんの服をぎゅっと掴んだ。
「違うの」
 私の行動に驚いたのか、零くんは目を丸くしていた。
 だんだん零くんの目を見ているのが怖くなって、目線がシャツを掴む手に落ちた。
「……違うの」
 これを言ってしまったら、拒絶されるかもしれない。
 がちがちと歯が鳴りそうになるのを我慢して、零くんを見上げた。
「私、零くんの傍にもう居られない」
 初めて、目を見開いた零くんを見た。
 声も出ないぐらい驚いた様子の零くんは、徐々に平静を取り戻し始めたのか、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……なぜ、そうなるんじゃ?」
「だって」
 緊張して裾を掴む手が震える。
 所詮お前もその他大勢と同じなんだろう。
 そんな風に軽蔑されるかもしれない。
 でも、言わなかったらきっと後悔する。


「零くんのこと、同じ人間じゃないみたいって思っちゃった」






「零くんは吸血鬼でも神さまでもない。私や夏目くんと変わらない、同じ人間なのに」
 まくしたてるように口を開く私を、零くんはどんな気持ちで見ていたんだろうか。
 長い沈黙が、とても怖かった。
 視界の端っこで、零くんが髪の毛をかきあげているのが見えた。
「……退屈して死にそうだったあの頃の『俺』が見たらびっくりするだろ~な」
 静かだったワンルームに、零くんが言葉を吐き捨てた。
 どういう意味かわからない。
 今の零くんは取り繕うつもりがない、と言うことだけはわかる。
「こっち向け」
「え」
「い~から」
 おじいちゃん口調じゃない零くんに慣れず、どぎまぎしていると、顎を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。
 目が据わった零くんとばっちり目が合う。
「カミサマに見えたから一緒に居られね~の?」
「……だって」
「だってじゃね~よ」
 視線を外すと、零くんは食い気味に言葉を遮る。
「特別視しないから、なんてきっかけに過ぎね~だろ」
 零くんは顎を掴む手を離す。
 「あー……」と機嫌の悪そうな声をあげると、ため息を吐き出し、私を見すえた。
「半年」
「え?」
「俺が半年も放置されてたの、覚えてね~の?」
「そ、それは……」
 引っ越しの手伝いから半年ほど、私は彼の告白をうやむやにしていた。
 誕生日を迎え、外堀を埋めた零くんに根負けしたけれど、停滞を嫌う零くん的にはめちゃくちゃ我慢していたんだろうか。
「俺様ちゃんが神様に見えただとか、そんなの言い訳じゃね~か」
 怒っている、と言うよりは悲しそうに眉を寄せる零くんは言葉を続ける。
「『俺』はさ、アンタが求めてくれるなら、他の誰でもない、アンタだけを居場所に選ぶのに」
 うつむいた零くんを見て、無意識に名前を呼ぶ。
 顔を上げた零くんからは悲しそうな表情は消えていて、突然わしゃわしゃと髪を撫でられた。
「れ、零くん!?」
「ま、こ~んなに愛されてるなんて思わなくて、『俺』としては役得なんだけど♪」
 何その変わり身!? と思って見上げようとするが、馬鹿力で頭を固定される。
 かろうじて視界の端に入った耳は少し赤くて、精一杯の照れ隠しなのかもしれないと思った。
 じたばたする私を、零くんがひとしきり笑うと、腕の力が抜けた。
 髪の毛を直しながらぽつりとつぶやく。
「す、好きじゃないのに合鍵なんてあげないし……」
 顔が赤いのを誤魔化したくて、かわいくない言葉と共に零くんに抱き着いた。
 「おっと」とわざとらしい声と共に支えられるも、添えられた零くんの腕が腰を思い切り引き寄せた。
「な」
「な?」
「生意気……!」
 体勢的に見上げるしかできなくて、零くんを見れば、髪を片耳にかけていた。
「そんな生意気なクソガキがお好みなんだろ?」
 器用に口の端を片方だけあげて笑う姿は、彼の言う「俺様ちゃん」の零くんだった。
 間近で見慣れない零くんの姿を見て「う」と声がもれる。
 そんな私を見て、零くんは喉を鳴らして笑う。


 絶対わざとじゃん! 楽しんでるじゃん!


「あ〜〜〜! もう!」
 そうだよ、そうだよ。
 自分でも気付いてなかったけど、こんなに零くんのことが好きになってたんだよ。
 言葉にするのは悔しいから、絶対に言わないけど。
 口を尖らせながら胸元に頬を寄せる私を見て、零くんはご満悦そう。
「俺様ちゃん、カッコよかったか~?」
「……めちゃくちゃカッコよかった」
 腰に回した手に力をこめて、密着する。
 温かい。不死者ではない、生きている証拠だ。
「じゃあ、もっと知っておくれ」
 デッドマンズの零くんから、UNDEADの零くんへ。
 見上げると、いつもの零くんが居た。
「零くん?」
 無言で零くんの整った顔が近づいてくる。
 拒むことなく目を閉じると、唇に触れるだけのキスが降ってきた。


「俺様ちゃんも、我輩も、私も、『俺』も。全部知って愛して」


 まっすぐな赤い瞳に射貫かれる。
 鋭かったまなざしはとろんとしていて、恍惚とした笑みにどろどろと溶かされていくような気さえする。


「この部屋では、朔間零だって一人の人間だからよ……♪」


 神さまだとか、魔物だとか、吸血鬼だとか、アイドルだとか、年下だとか。
 どんな建前を並べても、零くんはかいくぐってしまう。
 彼には自覚のないしがらみが多い。
 さっき初めて聞いた「私」も、しがらみの一つなんだろう。
 零くんから家の話を聞いたことがないし、まだまだ知らないことだらけだ。
 頬に添えられていた手を奪い、指を絡めると、零くんの目が細くなった。
 ああ、それ。
 その心の底から幸せそうな笑み。見ているととても安心する。
 もう、なんでもいいや。
 抗うだけ、考えるだけ無駄な気がする。
 ほだされただのなんだの言っていたけれど、ごまかせないぐらい零くんが好きなわけで。


 考えなきゃいけないことはいっぱいある気がするけれど、今は零くんと過ごす時を大事にしたい。
 この小さなワンルームが、零くんの安寧になっていますように。
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