未アップ分含めて3本。
李家はちゃんと完結させますので、これらもちゃんとまとめます。
忘れられていた第七皇女。
後ろ指をさされて歩く禁城の回廊は幼子じゃなくとも、とても長い道のりだった。
私を見つけてくれたお兄様と、私を日向に連れ出してくれた夏黄文だけが頼れるひとで。
それまでの生活とはまったく違う禁城での暮らしに何度も逃げ出したかった。
そんな時に出会った彼女はあたくしにこう言った。
「紅玉姫、背中を丸めてはいけません」
梓の後姿はいつでもまっすぐで、いつでもしっかりと前を向いていた。
お兄様と共に覇道を歩む彼女は初めて会ったときから眩しいひとだった。
「わたくしも宮廷では後ろ指を指されて生きて参りました」
「わたくしを否定する声ばかりが聞こえ、女性官吏と言う不安定な地位にいる何処にも属せない自分に挫折しそうな時もございました」
ですが……
そこで梓は言葉を噤んだ。
一呼吸をいれてゆっくりと紡がれる言葉に、あたくしの世界に色が増えていくのがわかった。
「背筋を丸めて我が身を守ったとしても、その不恰好さはわたくしを見出してくださったお方の面目を潰しかねないのだと気付きました」
「我が君が信頼してくださっている自分を信じ、背中を丸めて殻にこもる事をやめました」
紅玉姫にも貴女様を信頼してくださっている方々がいらっしゃるでしょう?
その日から胸を張って生きていこうと心に誓った。
まだまだ、背中を丸めて後ろを向きそうになるけれど、あたくしもあたくしを信じてくれるひとのために、まっすぐ前を向いていこうと思えた。
いつかずっと追いかけていたその背中に追いつけるように。
「また炎兄は読書だしぃ…ひま~」
「……」
「お前に言ってるんだよ、梓」
「わ、わたくしですか?」
「お前以外に僕以外誰か居る?」
「純々殿達が……あれ、」
「さっき泣く泣く出て行ったのが聞こえてなかったわけ?」
「も、申し訳ございません……」
「……どんだけ集中してたのさ」
「お恥ずかしながら…『煌史』の今後について考えておりました……」
「相変わらず仕事馬鹿だねぇ~」
「わたくしから執務を取ると何も残りませんよ?」
「確かにぃ」
「お前、ほんっと炎兄に似てるよ。特にその知識欲への貪欲さ」
「紅覇様、それは違いますよ?」
「何がぁ~?」
「紅炎様はわたくしのように仕事として知識を深めておられるのではございません」
「知識と言うのは心の余裕に相当するものです」
「かの素王は両親や親族を尊び、誠実に生き、人々との交流を意識した生き方を正しき人生だと述べられております。学びとはそれらを実践している中で余力があれば行なうべき行為である、とされています」
「まさに紅炎様は素王が理想とする生き方をされている君子と言えましょう」
「わたくしのような常に他人との交流を極力避けたり、我が君に体調管理を心配されているような不誠実な輩とは天と地以上の差がございます。」
「つまり、紅炎様が知識に貪欲でいられるのは、紅炎様が常に太子として正しい生き方を真っ当されていらっしゃるからです」
「(梓の炎兄への信義って、もはや崇敬とか敬仰の勢いなんだけど……盲信すぎ)」
「ていうか、それってやっぱりさ、梓も炎兄と同じなんじゃない?」
「……」
「ですから、我が君は」
「とりあえず、お前の炎兄への忠義だけはよくわかったから。もういいよ」
「(いつも炎兄が夕餉を食べてくれない、って泣きついてくる従者はどこのどいつなのさ、梓……)」
「結局似た者同士ってところじゃない?」
「紅覇様?どうかいたしましたか?」
「なーんでもないしぃ」
「随分と難しい顔をしているな」
「国民服は、嫌いです」
「ですが、」
「煌帝国の臣民である象徴」
「属国になるという事は、その国の歴史、民、文化全てを奪う事を意味します」
「その文化や思想を残しておけばいずれ反乱分子が沸いてくる」
「わかっていても、」
「この地図上から国が一つ消える事の重みは、いつまで経っても慣れません」
「侵略を、やめるか?」
「まさか」
「我が君の悲願を願わない臣下など愚臣です」
「紅炎様が望まれる世界の成就に比べれば、私の感情など塵にも満たしません」
「……分かっていてもなお、わたくしの口から言わせようとする貴方様は、」
「とてもずるいお方ですね」
「そうでもしないと、お前は鳥籠を出るだろう」
「……貴方様は、わたくしの忠義を甘くみていらっしゃる」
「詐偽の罪を被り九族を皆犠牲にしてでも、紅炎様の悲願を叶える所存でございます」
「王の為に偽罪によって妻子を灰に揚げてでも命令を押し通し太子を暗殺する…『呂氏春秋』か」
「顔を上げろ」
「お前はあのような何も出来ない愚臣ではないし、俺からの信頼が無いわけでもない」
「俺がどれほどお前を欲しているか、義を認めているか分かっていない」
「お前の存在価値は、自分で思っているよりも大きいぞ。李梓」
「練紅炎の従者を牢へ」
「待って!梓!」
「…紅玉姫」
「姫、煌帝国を…白龍様と共に守ってくださいね」
「梓……」
「筆と、紙を用意していただけますか?」
「何故だ」
「わたくしは先々代皇帝より『煌史』編纂を勅命でいただいております」
「我が身は死ぬまで煌の為に」
「許可を、いただけますか?」
「陛下より返答を承り、必要であれば用意しよう」
「ありがとうございます」
練紅炎、処刑だってよ。
そりゃあそうだろう。反乱の首謀者だからな。
――耳を塞いだって聞こえる。
あの方の側に居られないことが、こんなにもつらいなんて。
「李梓」
「……なんでしょうか」
「牢から出ろ」
「はて、覚えがございませんが。
「陛下からの伝令だ」
「李梓は本日付で流刑に変更。それが陛下の意志だ」
「陛下の、お心のままに」
「白龍様」
「何故、わたくしだけ流刑なのでしょうか」
「湯あみに、その上服まで新しいものをいただきました。罪人への対応では無いかと存じ上げますが」
「お前には、この場に来る罪人の世話係となってもらう。その為に罪状を変えざるを得なかった。それだけだ」
「話が見えないのですが……」
「梓おねいさん!後ろを見て!」
「アラジンくん、そんなに慌てなくて……も……」
「え……」