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2021/03/03  jujutsu
 manga

七海建人





朝。
いつもは遅刻ギリギリのわたしも、今日は早く目が覚めた。
毎朝ヒールを鳴らして通り過ぎるだけだった職場近くのパン屋へ足で一度足を止める。
ショーウィンドウを眺め、しばらく店内を見つめた。
今日も彼女はレジの前に立っている。
わたしはそっと扉につま先を向けた。

カスクート、一つ。

トレイにぽつんと乗ったおいしそうなパンに視線を向けたままレジへ。
手際よく包まれたそれを受け取り、会釈だけして職場へと向かった。

同僚に軽く挨拶をして、デスクにつくと自然と目があの席を見ている。
もう、随分前にあの席は彼のものでなくなったはずなのに。

クソくらえ。

かぶりを小さく振って、私は仕事に集中した。
真面目に仕事をしていれば、昼休憩なんてすぐだった。
サブバッグから袋を取出し、カスクードをひとかじりした。

「そういえば前にウチにいた七海さんって覚えてる?」
「営業の?」
「そうそう」

向かいのデスクで後輩たちの話す声がやけに大きく聞こえる。

「この前おきた事件に巻き込まれて亡くなったって」
「事件って、あの渋谷の?」
「そうそう」
「うそ、まじで!?」

あることないこと尾ひれのついた噂話で盛り上がる二人。
彼女たちを視界に入れること無く、わたしはひたすらカスクードをかじっていた。

(なんか、しょっぱいな……)

彼がよく食べていたから味は間違いないと思っていたのに。
そんなこともあるんだな。

(七海くんだって人間だもん。完璧じゃないか)

そそくさと食べ終え、デスクに顔を伏せた。
袖がじんわりと湿っているのは、気のせいだ。



――残念ながら、嘆く君さえも思念の残留でしかない。

廃墟となった東京で、いまだ死んだことに気づかないあわれな魂よ。
君が安らかに眠る日が一刻も早く訪れることを祈る。
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