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2021/04/18)
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朔間零
※↓のシリーズのおまけ
※↓のシリーズのおまけ
最近はすっかり我が物顔でくつろいでいる零くん。
ようやく目の前の光景にも慣れてきたところで、そろそろ渡そうかと思っていたものを差し出した。
「はい、これ」
零くんはぱちくりと目を丸くする。
「……なんじゃ?」
「何って、合鍵」
あれ……なんか想像していた様子とちがう。
ぽかんと口を開けたままの零くんに、私はあげるタイミングをミスった? と背中に汗が伝った。
「……」
受け取った鍵をじっと見下ろす零くん。もっとはしゃぐのかな、と思っていたから静かすぎる。
私は隣に座り、おそるおそる零くんにたずねた。
「い、いらなかった?」
「あ、いや、そうではなくてのう……」
まごまごと口を動かす零くんが上目づかいで私を見る。
「どういう心の変化なんじゃ?」
「ん? 別に。パパラッチされても困るかなって」
言葉の通り、心境に変化なんてなかった。
ただ最近割と頻繁に零くんが訪ねて来るので、パパラッチされないかと心配になったのだ。
「今のところタイミングよくロビーに誰も居ないけどさ、すれ違ったらさすがに一発でバレるからね?」
そう。夜に来ることが多いのもあって、たまたま今のところバレていないだけ。
今でも十分人気だけど、二十歳を超えるとさらにスキャンダルも狙われやすくなるだろうし。
「あと私が居ない時でも、なんかあったら来てくれていいよ」
ならいっそ、第二の家として認識させてしまえば問題ないだろう。寮に住んでるとは言え、みんな実家やら何やら帰る場所もあるわけで。
鍵さえ持っていればどうとでもごまかせるし、じゃあもう渡そうか、と思っただけだ。
わたしの考えを大まかに話すと、零くんは意図をくみ取ってくれたのか、すぐに納得してくれた。
「にしても、会いたいと思ったら来てもよいのか?」
「? 当たり前じゃん」
零くんの言葉の意図がわからず首をかしげた。
少し口もとを緩めて鍵を見下ろす零くんが何を考えているのかはわからない。
「あ」
うれしそうな零くんに水を差すようで悪いが、もう一つ伝えておかないといけないことがあった。
私の呆けた声に零くんが顔を向ける。
「鍵、なくさないでよ? 二本しかないんだから」
「なんじゃそんなことか。心配せずとも、絶対になくさんぞい……♪」
カバンからキーケースを取り出し、すぐにうちの鍵も仲間入りさせていた。
なんか、勝手なイメージだけど零くんって鍵とか持ち歩かなさそうなのに、思ったよりじゃらじゃらと鍵を持っていて少しびっくりした。
ぽつりとわたしが言えば、「こっちは楽器の鍵じゃよ」と実家とか家の鍵以外にも楽器ケースの鍵もあると教えてくれた。
そのあとしばらく、零くんはキーケースについたうちの家の鍵を眺めていた。
時折揺らしたりしてニコニコとしていたが、飽きたのかカバンに投げ込むと、いつものように抱き着いてきた。
「……零くんってほんと、思ったより甘えただよね」
「おぬしの前では特に、な」
片目だけ器用に閉じると、胸元に頬をすり寄せる。こうしてると確かに自称・かわいいだけある気もするんだけどな……。
ネコみたいに甘える零くんの頭を撫でていると、次第にかわいげがログアウトする。
だからかわいくないんだよなあ、と舌なめずりをする零くんにため息をついた。
ピーンポーン
あとはなし崩し……と思っていると、来客の知らせを受けた。
「こんな時間に誰だろう……」
まだ甘えてくる零くんを引きはがし、モニターの通話ボタンを押す。
「はーい」
「GoodEvening……☆ 姉さン」
モニターに映ったのは夏目くんだった。有名なケーキ屋の紙袋をカメラに見えるよう手を振っている。
「おや、逆先くんかえ?」
「……」
性懲りもなく後ろから腰に手を回してくる零くんの声に、夏目くんの表情が凍りついた。
「ちょっと、姉さン。今すぐ鍵開けテ」
「え、いや、開けるけど……開けるけど、喧嘩しないでね!?」
ロックを解除すると、夏目くんはカメラに向かって挑発的な笑みを浮かべる。
「手伝いこそしたけド、まだ認めたとは言ってないヨ。零にいさン」
「……上等じゃね~か」
エレベーターホールへと消えた夏目くんを見て、零くんが鼻で笑う。
零くんはモニターの電源を落とし、腰に回った手に力が入れた。
わたしの首筋に顔を埋めながら、零くんはくつくつと喉を鳴らした。
「さぁて、勇敢な魔法使いは魔物から姉を救い出せるかのう……☆」
口調は元にもどってるのに、めちゃくちゃ物騒なんですけど。
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