「太宰さん、みんなをよろしくね」
「おう!勿論だ!」
「じゃあ、気を付けて行ってきてね!」
「行ってくるぜ!」
「さ、潜書に行っていただいたので今から私も書類作りをば……」
「司書さん」
「芥川先生、どうされたんですか?」
「やだな、先生はやめてって何回も言っているだろう?」
「ふふ、すみません。太宰さんがずっとそう呼んでいらしたので……」
「妬けるねえ」
「心配しなくても太宰さんは芥川さんの熱狂的なファンですよ」
「そうじゃないんだけどな」
「まあいいさ」
「えっと?」
「みんな居なくなったところで、大人の時間と行こうか」
「え、え」
「ほら」
「え、あ、ちょ、芥川さ……っ!どこへ……」
「キミの部屋」
「司書さん」
「はーい……って、えっと……?」
「はは、からかっちゃってごめんね」
「えーっと……この間先輩が転生させていた……」
「芥川龍之介だよ」
「あ、あくたがわさん……!?」
「そんなかしこまらないでほしいな」
「いや、でも……」
「キミとはなんだか、昔に出会った気がするんだよね」
「懐かしい匂いがする」
「なんか、匂いますか?」
「匂いっていうか、正確には雰囲気かな」
「うーん……わたしは芥川さんには初めてお会いしたと思うんですがねえ……」
「あ、此処に居た!」
「おや、見つかってしまったね」
「助手がサボってどうするのよ!」
「え、芥川さんって先輩の助手だったんですか……ってしかもサボってたんですか!?」
「はは、バレてしまったね」
「いいこと?この人には気をつけな」
「え、あ、は、はい?」
「アンタの助手、常に連れときなさい」
「太宰さんですか?」
「そ。じゃないと食われるわよ」
「なにが食べられるでしょうか……?本が?」
「だめだこりゃ」
「はは、彼女の言う事は気にしなくていいよ」
「はあ、そうですか」
「とりあえず!芥川先生、仕事に戻りますよ!」
「またね」
「はい!芥川さん!」
「アンタねー。わかってやってるの?」
「なんのことかな?」
「とぼけないで」
「……」
「何が懐かしい匂いよ……気付いてるんでしょう?」
「さあ?」
あのこは知らない。
あのこは男の子孫であることを。
繋がりのない、妻の子孫であることを。
あのこは知らない。
男が遠くに、妻の面影を見たことを。
あのこは、知らない。
「失礼します」
「はーい。どうぞ」
「あれ、今日はもう仕事してないのかい?」
「今日の分は書類ちゃんとまとめたからね。優秀優秀」
「そうだね、偉い」
「ところで、それ何読んでるんだい?」
「んー?内田百閒先生」
「え?」
「私が初めて読んだ近代文学」
「これ、旅順入城式じゃないか」
「そー。最近知ったけど知ったけど芥川先生もこの話勧めてたよね」
「ああ、この話は素晴らしい。なのに評価が低いのが解せない」
「兄弟子なんだよね?」
「そうだよ」
「私さー、この話を高校生の時初めて読んでビビビッと来たんだよ」
「まさか自分がこんな仕事するとは思っても居なかったけど、当時はホントにこの話読んで電撃走って、ずーっと絵描いてたの」
「絵?」
「そう。情景が見えるから描くの」
「旅順入城式とか、蘭陵王入陣曲とか」
「谷崎先生の少年と魔術師とかも」
「幻想的だけど鬱っぽいのが好きで、あと朔太郎先生もちゅーや先生も読んでたよ」
「でもやっぱり、私にとっては百閒先生が始まりで、旅順入城式ほど衝撃を受けた話は無いんだけどね」
「……なに?じろじろ見られると恥ずかしいんですけど」
「いや、兄弟子を褒めてもらえるのはとても嬉しいんだ」
「でも、僕の話は読んだこと無いんだろう?それは少し妬けるね」
「教科書では習ったけどね、それ以外読んだことは無い」
「もっと君を知りたいけど、もっと僕も知ってほしい」
「ん?うん?」
「今度、昔描いた絵を見せてよ」
「んー?見つかったらね。この間ちょっと探してたんだけど見つからなくて」
「ああ、見つかったらでいいさ」
「こ、」
「この間言ってたお正月の外出!!行けるって!!!」
「ま、マジかよ……!?」
「あ、三が日は政府も動いてないからさ、念のために一緒に行く人も聞きたいんだけど、オダサク先生と坂口先生でいいのかな?」
「今回はな、春夫先生と芥川先生なんだよ!」
「なんっっで!?なんでそうなるわけ!?司書さんさぁ、俺の扱い悪くない!?」
「フッフーン。いいだろ、すごいだろ!春夫先生とは色々あったものの斜陽の一件で少し解決したし、その春夫先生じきじきにお誘いいただいたんだ!」
「春夫先生と芥川先生と俺の三人だから!!」
「でもさー、太宰くん、よかったね!」
「司書さん。」
「はい!芥川先生!何かありました?」
「なあ、ずっとワシ、聞きたかった事があるんやけど」
「あの芥川センセの目見た?って話や」
「あの二人、なんだかんだで両想いだから大丈夫だろ」
「は?」
「芥川先生、此処に来てからずっと助手してんだろ?」
「せ、せやな」
「ま、そのおかげで有害書への潜書率ナンバーワンの俺も、図書館戻ってきて最初に芥川先生におかえりっておこぼれで言ってもらえるからラッキーだけどさ!」
「いい加減俺も大尊敬している芥川先生からあの目向けられるの嫌なんだよね」
「それがセンセって?」
「でさ、もしあの二人が引っ付いたら、俺の大好きな人たちが肩を寄せて俺におかえりって言ってくれるわけじゃん?」
「太宰クン、それ息子ポジションやん」
「いちいち細かい事は気にすんなってーの」